昭和46年09月04日 朝の御理解
御理解 第4節
「此方金光大神あって、天地金乃神のおかげを受けられるようになった。此方金光大神あって、神は世に出たのである。神からも氏子からも両方からの恩人は、此方金光大神である。金光大神の云うことにそむかぬよう、よく守って信心せよ。まさかの折には、天地金乃神と云うにおよばぬ。金光大神、助けてくれと云えば、おかげを授けてやる。」
教祖生神金光大神の、実意丁寧神信心が、その真が天地を貫いた、然もその天地の親神様が、どの様に教祖金光大神の上に表れたかと、表れなさったかと言う事は、もう後にも先にも例がない、まあこれは私が思うのですけれども、何様であっても、登りつめれば同じだと、之は仏教にしろ、キリスト教にしろ、まあ言うならば神ながらの道であるところの、日本神道にしたところで、そのギリギリのところは、私は宗教学と言うものを勉強した訳ではありませんので、わかりませんけど。
矢張り結局は、天地金乃神様のおかげを受けなければ出来んのだと思うのです。それは、そこのお不動さん、ここのお稲荷様、と言うても矢張り同じです、例えば、お不動さんに徳があるのではない、お稲荷さんにおかげを授けなさる力があるのじゃない、おかげは、結局は天地金乃神様のところから出て来るのである。お釈迦様だって、キリスト様だって同じだということ、お釈迦様に力があるのじゃない、キリストに力があるのじゃない、只、そこのところの、それぞれの信心がです、天地に感応する。
だからその宗祖、教祖と云われる人の信心の程度がです、天地が表れなさる、言うなら、程度と云うてもよいであろう、これは天理教だって同じこと、結局天理教の教祖の信心の程度に応じて天地が感応なさる。おかげを下さると云うのは、結局その教祖でもなからなければ、宗祖でもない、お稲荷さんでもなからなければ、お不動さんでもない、その、お不動さんなり、お稲荷さんなり、天理教の教祖なり、釈迦なりキリストなりの、いわゆる、その人の信心の程度が、天地に感応する。
ですから矢張り、ギリギリのところは、天地金乃神様と、私は思うのです。ですからそういう意味に於いて、どこから登っても登りつくところは、同じ山を頂上を極めるというなら、それを四方八方から登っても、矢張り同じ様なことと言った様な意味の事を、普通そう申しますかね。それで私も、矢張りそう思います、そして段々分らせて頂くことはです、又、説き方によっては、全然違うと言う事にもなってくるのです。それはね、教祖その人の信心が違うのです。
ですから何々宗、何々教では食べ物一つでもですよ、天地の神様は感応なさるのに、生き物を食べてはならない、生臭気を食べてはならないとか、何々教では酒類は絶対飲んではいけないとか、飲むことは、もう破戒に通じる事だと、厳しく言っておるでしょう。ところが、教祖の云うのには、人間の命のために、食物は作って与えてあるのであるから、大酒、大食はいけない、けれども、何を食おうが、何を飲もうが有難く頂く心さえあれば、良いと云うておられます。
だから、大変な違いになって来るでしょうね、教祖の上に表れた、天地金乃神と云うのは、教祖の信心の程度に表れなさったのですよ、皆さん、そういう風に思わんですか、私は、思うですね。例えば、天地の親神様が、人間の幸せになる、おかげのすべてを握ってござる、だから、それを取次ぎ、渡して下さるのは、金光大神であっても、金光大神にそういうおかげを授けて下さる力は無いのです。
矢張り天地の親神様ですから、例えていうと、天地の親神様が世界中の氏子に、おかげをやりたいと、人間の幸せを握っておられても、それを天地の親神様としては、それだけの信心というか、それだけの天地の信用を、受けたものを通さなければ、おかげを表し得ないと言う所に、いうならば、神様の悲しみがあるのである。悲願というのは、それを今までに随分と沢山な宗教家も出た、キリストも出た、釈迦も出たけれどもギリギリのここのところは、釈迦にも渡せなかった、キリストにも渡せなかった。
お前が出て来てはじめて、ここが渡せるようになったと言う事になるのですよ、だから、釈迦が説き得ないところ、又は、キリストが説き得てなかったところを、金光教祖はです、簡単な様ですけれども、この百八十何ケ条という、この御教えの中に説いておられ、それを頂いておられた。という御信任をうけておられたところに、此方金光大神あって、神が本当の意味において、世に出たという訳になった。
どうです私が只今皆さんに聞いて頂いたこと、そういう意味に於いて、金光大神の信心の素晴らしさというものは、もう後にも先にも出るまいと言う事になるのです、これはだからね小さくいうと、お稲荷様だって同じですよ、お不動様だって同じです、お不動様が、お稲荷様がおかげを、病気を治しきんなさる力ちゃ無いとです。そのお稲荷様ならお稲荷様のです、正一位というかね、という神の信用というか神格というか、その神格に応じて、天地が表れなさるから、様々な形に御利益が表れて来るのです。
私はそこんところをそういう風にですね、そういうところから、信心を本当に判らせて頂かんと、本気で金光大神が教えられた事と本気で頂こう、本気で勉強しょうという気にならないと思うです。此方金光大神あって、神は世に出たのである、というておられる意味は、ここで、ある意味ではっきりすると思うですね、どうでしょうか。キリストが受けられた、釈迦が受けられた天地の御信任というものと、金光大神が受けられた天地の御信任というものは、大分そこに差があると言う事になりますです。
そういう素晴らしい事をです、天地の親神様から、御信任を受けておられて、教祖のご性格というか、教祖の教養というかね、の上にこのような風に表れた訳です、教えというものは、ですからこれをですね、だからそうだと、裏付けの出来るほどしにです、これが説き明かさなければ出来んのです。そこに私共の、合楽の使命があると思うのですね、いうなら私が20年間、たったこの薄っぺらな教典をです、20年間説いて来たのですか、ね。それでもなお、説き明かしたとは思われません。
というほどしに深い、というほどしに広い、と言うほどしに素晴らしい事です。ここのところは、ほんなこつじゃから、そう思うて下さいよ、そう信じて下さらなければ、金光様の信心がですね、成るほど信者は少ない、まだ何千年経った、古い宗教からいうたら、まあ、新興宗教という事が出来るでしょう。百年そこそこの信心、宗教ですから、けどその金光教が持っておる内容というものが、そげん素晴らしいのですよ、いわゆる天地の親神様がです。
この方キリストがあって神が世に出たとは、仰有ってないでしょうがバイブルの中に、あれほど哲学的なお釈迦様の字文の中からでも、天地に一礼申すいう程のものは、どこにものっとらんでしょうが、只天地の親神様にある程度の所が分られた、だからある程度の所のご信用を受けられたというだけでしょうが。私は金光教の教団自体がですね、その自覚に立たなければ駄目だと、金光教のまだキリスト教とか、仏教とかに比較したらまだ大変足りないと言った様な事を、平気でいう人がありますけどね。
そんな事では決して無いと思いますね。もう金光教の教祖が表現しとられる、その深さ、広さはもう素晴らしい事、然も神様から受けられた御信任の程度というものは、もう絶対のものなのである。そこがですね、私が言う事がまあ本当にそうだなあと、判らんとですね、本気で金光教をですね、研究しようというか、勉強しようというか、本当に教祖の御教えを、本気でマスターしよう等といった意欲が生まれて来ない、ここには何というても信心の稽古に来るところですから。
そう言う所から判って、教祖金光大神が、天地金乃神のご依頼を受けられて表わそうとなさっておられる。おかげが表われてこない、しゃっち金光教じゃなかったっちゃ、何様もあるけんと言う事になりかねない、これはもう金光教でなからなければ、頂けないと言う所をです、私は頂いて行ってこそ金光教の御神縁を頂いた、値打ちが有りますね。そこでです、教祖金光大神の教えられた事を、例えばそれを一事でも二事でも徹底して頂き抜かれる所に、私共の先覚先輩は、御徳を受けられましたね。
例えば私どもでいうなら、福岡の吉木先生、小倉の桂先生、又は久留米初代、三井教会の初代、これは、私にとっては、最近まで、おいでられました、甘木の初代なんかもそうです。あれだけの、教祖金光大神の教えられた事の一部を頂かれただけなのです、それでいて、あれだけの大徳を受けられた、そこでです、例えば甘木の御信者さん方が、いわゆるここでは、金光大神助けて呉れといえば、というとられる事からです、この金光大神の一部をしっかり頂かれたという、甘木の初代でもです。
信者が親先生というたら助かるでしょう、金光大神といわなくても、甘木の信者さんがたは、親先生、親先生の一点張りですね、親先生のおかげで今日がある、親先生のおかげで、私は助かったと、いうてます。それほどしの、大徳を受けられた、甘木の安武先生でも、いうならば、金光大神の信心のほんの一部を間違いなく受けておられたというだけなのですね、そうでありましょう。此処でも同じ事がいえます。
先覚、先輩の信心に、神習わせて頂いて、金光大神の信心を、ほんの一部を、例えば頂いて、此処で人が助かる様になった。ここで皆さんがいわれますね、金光様というよりも、何というよりも、親先生というたが一番身近い、親先生と唱えたが、一番身近かに神様を感じる事が出来る。私を大坪総一郎じゃありませんよ、私を親先生をそれ程に頂けた時に、金光大神を感ずる事が出来る、天地の親神様を、そこに感ずる事が出来る、というほどしにおかげを頂く。
これは私はね、金光教の常識といいたいのですけれど、まあ合楽で御信心頂く者の、私は常識だと思うです。今日私が申しますことは、そうじゃんの、何様でん信心しよりゃ良かがのて、そげな事じゃなかと、金光様の御信心ばかりは。まあどこから登っても同じと云えば、それは、同じかも知れんばってん、八合目まで登ってござる人、四合目までしか登ってござる人と、いう事になって来るのじゃないでしょうか。
天地の親神様が、此方金光大神あって、神が世に出たのであると、両方からの恩人とまで讃えられたり、神が一礼申すと、神様が金光大神に、言わば頭を下げてござるという様な事、本当に前代未聞の宗教であり、信心だと、私は頂かなければです、これからのおかげが受けられん、それ程、素晴らしい信心だと、先ず判らなければ、あそこで、おかげ頂かなければ、何様でもござるけんで、と言う事では出来ん。
それを合楽でこうやって、御理解を頂いておると、一つ一つの中から成る程そうだろうなあと、成る程こげな事は、お釈迦様も説ききってはござれじゃったろう、成る程こういう事はキリストのバイブルの中にも無いという事になって来るのです。そこは合楽で信心させて頂くものの、常識としてね、知っておって頂きたい、そしてそこから言わばデリケートな、とでも申しましょうかね、親先生で金光大神に通じ、又は天地金乃神に通じると言う事なんかは、これ又説明がいると思いますけど。
そういう働きが表れる様になって来るのです。その親先生が、金光大神の信心が全部受けておると言う事はいえません、只一部だと私は思う、甘木の初代が偉いというても、矢張り金光大神の信心の、もう一部を間違いなく、適確に受けておられたというだけだと思う、それでも、甘木の安武松太郎先生、その人がもう金光大神であり、天地金乃神様として頂けるほどしの、おかげが受けられるのが金光教、まそこで今日は、私は全然違った意味でね、一つ聞いて頂きたいと思うのです。
昨日から、福岡の秋永先生とこ「うめや」三人兄弟が、それに麻生さんを加えて、今恒例の展示会をやってます、高宮で豊美の時もそうでしたが、今度私の妹であります池尻の所に養子を貰う事に決定しましたので、まあぼちぼちいろんな準備も、させて頂かなきゃならんというので、ま道具ものとでも申しましょうか、ま最小限度に必要なものは、これだけは、整えとかねばならんと、ご案内を頂いておりましたから。
昨日昼から、高橋さんの車で、私と妹と、泰子と愛子と、4人で参りました。本当に皆さん、物を買うのにね、好いなあと思うたら、それが買えるおかげをを頂かねばいけませんね。符丁の方ばっかり見とって、ほうこれは幾ら幾らするけん好かと思うたっちゃ買われん、そげなこっちゃ、私は、符丁も何も見ませんでした。もう沢山ある中から、これはどうかこれはどうか、というて持って、はあそれは良いな、うんそれにこの帯ならぴったりばい、というてから符丁を見ました。
それは、今時のものでもありますから、それはびっくりします、私でんけどもどげんびっくりするでもですね、これはいっち高かけん、これは止めとかんのと言う事はいらん、と言う事は有り難い事ですね、だから自分が気に入ったものは、その様にして買えれるだけの、おかげを頂かねばいけません。皆さん子供たちはめずらしいもの、これは0が一つ違うとりゃせんだろうかというごたる、それ、何点かです。
第、私の方の妹に、私は何もしてやっとらんのです、私はここんところをひとつ聞いて頂きたいと思う事は、一昨日でした歯医者に正義さんが、今連れて行ってくれてますから、歯医者に行った帰りに、丁度茂さんと、高橋さんと、正義さんと私と4人、帰りに、もうとにかく、前の妹がおります、あそこは、合楽教会の記念館として、届がでております。ですからそういう意味でもですけども、今度あちらでお祝い事でもあるなら、少し家でも見なければいけないだろう、あっちこっち漏ったりしておりますから。
そして帰りに寄らせて頂きました。
もうここからいって初めて、椛目に参りました、本当に合楽に来て皆さんが、本当に、御殿のごたる筈だと思いました。あちらに居る時も相当広いごとあったけど、もうくぐって入らにゃんごと低い、お広前でも何でももうほんとに、けれどもね親子二人にとっては、大変広いお家なんです、それは本当に、隅から隅までお掃除だけは、綺麗にしてあります。もうこの部屋は使わんけんよかていと、いうこっちゃなくてですね。
さあ雨漏りがしたり、天井がはげたりしとるところがあっても、お掃除だけは綺麗にしてあります。突然行ってから、神様が賑賑しくねお祀りがして、御神燈がついてお供えがしてある、まあこれだけで良いと思いました。何かお神様が淋しうなってござらんだろうかと思いよった、それから一通り見せて頂きましたからね、まあお茶を、丁度向かいの中島重子さんが居られたから、もう突然の事だもんだからね、びっくりしまして、さあところが私が驚きました事は、一枚の座布団が無かった事です。
私は驚くと同時に有り難いと思いましたね、皆さんもご承知の通り、ああして日々日参さして頂いて、お神様にはあれだけの事が出来るけれども、自分達のものといえば、茶碗一つ買うていなかった事ですよ、私は随分あちらには、茶碗を残してあると思っていたのですよ、ところが姉さんが最後まで居って下さったら、少しは残しておって下さったかも知れんれど、前に行っとられたから。
一番最後の人は、何もかにも持って来てると、ここに。二人とも働いとりますから、まあ、小金の少しも貯めとりますから、しようと思えばどげな事でも出来るとですたい、二人位の事じゃけん、本当に私はね、本当に有り難いと思うた事はね、もう別れたから、私どんだけでこげんしよう、あげんしようと、もう神撰室から勝手からもう昔のまま、そのまま、本当にこのまま記念館なら、取っとかにゃいかんのと、いうて帰って来ましたけど。コップが揃うてない、お茶飲み茶碗が揃うてない。
あそこに残されてあったこげなものはいらんけん、持って行くまいというものだけで、例えていうと、でこの4年間あの人達は、親子過ごして来とる。驚きます事は、もう本当に泰子達でも、あれでも中々自分達母子は、器用ですからね、もう廃物の利用されるだけ、利用して身につけるものでも、使うておるものでも、使っておると言う事です。これは本当に私が迂闊だったなあと思いました、さあこれからいっちょ養子を迎えるなら、まあ一通りの事は、何でんかんでもしてやらにゃ出来まい。
させて貰わにゃ済まん、という様な思いでございましたが、昨日やらして頂いてもう、ああもうそげなとは要らん、そげなとは要らんと、要らんちゅうばっかりです。けれども、もうそれこそ、おしつけるようにして、これだけは、なからにゃいかんばい、これだけは、持っとかにゃいかんよと、いうて、もう本当に、私が見てから、素晴らしいなと思う様なものが、それぞれ買わして貰う事が出来た。
そしてこれは皆はこれは、皆さんにとは申しません、けれども本当にいうたら、そうかも知れません、今日のご理解にでいうたらどう言う事になるでしょうか。私が今日あるは、妹のおかげだといっても過言じゃないです、此の方あって、私があるのです、今日のご理解からいうなら、私共がそれこそ、本当に持っておる着物、良いものという良いものは、全部売ってしまいました、これだけは、主人の形見だといって、とっておったものまでも、私どものご本部参拝のために、全部売ってくれました。
もう本当にこれからさきでも、あのうてぇげぇ、いい加減にしときなさいとは、申しませんでした、私の妹は。本当に私の厳しい修行の時、妹が居なかったら、私の修行は出来とらんです、してみるとこの方あって、今日の大坪総一郎があると言う事になるでしょうが、そうすと、皆さん達でもですたい、ほんなこて、池尻さんのおかげで、私共までこげなおかげ頂いとると、なりかねないのですれど、あんまりそういうと表現がおかしいから、家の子供達だけなりとも、繰り返し申します。
折ある度に、もうスマ代おばちゃんどん、ろくそうにしよるなら、お前どんろくなことはなかぞと、私が申しよります。修行中の時分に、椛目に帰らんならん、神様にお願いさして頂いておるとね、スマ代が、観音様の像で頂くのですよね、観音様が待つとるぞと、神様は仰有りよりました。もう私にとっては、観音様ですこの人は、本当に皆さんに、こんな事話すと、身内びいきと皆が笑いますけどね、こればっかりは、褒めにゃおられんです、私は。然も例えばもう別れて4年間、買おうと思えば買える。
それこそ座布団1枚買うていなかった、と言う事、そしたら此処でいつか、くじ引に当たってその座布団が冬のなら、3枚あったっにあれを出すとか、昨日云いよりますもん、そしたら全然なか訳じゃなかけどもです、それはスマちゃん何でん10客分宛位は何でんいっちょ揃えにゃいかんのというてから、昨日は話ました。そしてから本当に、この方の事を行き戻り、車の中でもうそれこそ、高橋さんが笑いなさったろうと思う位に、兄妹二人で話きって参りました。
どんなに考えても、おかげをうけておる、今度の養子の事じゃろうが、もうあれやらこれやら、もう本当に神様のおかげじゃなからにゃ出来る事じゃなかった、いうてから、まあ話して来ました。だからこれは、あんた達にとって贅沢でもでもなからなければ、要らんものでもない、今日買わせて頂いたのはね、もうこれは、いうなら神様がそれこそ、此の方スマ代があって、大坪総一郎があったのだから、神様がもう喜び一ぱいで贈って下さったものだから。
そういう気持ちで受けさせて貰わにゃ、いやこげなとは、私どんには要らん、とても一生かかったっちゃ、身に付けようと夢にも思わなかったもの、が身に付けられる事を勿体ながる訳です、けどもそげんこれは、勿体ながる事は要らん、矢張り使わして貰わにゃいかんと云うて来ました。だからね、そういう一つの時期を辛抱し抜かにゃいかんです、ところが、お互いはどうですか、辛抱しきらんで、あれも一ちょ欲しい、これも買うで、ほんとにすっきりした、勿体無いとか言うた様なもの。
とうとう頂かんなりに仕舞よるでしょうが、辛抱するところは、辛抱し抜かにゃ駄目です。今日は、このご理解四節からね、まあ合楽で信心の稽古をさせて頂く、これは本当に大事な事ですから、ここんところだけは、常識で知っとかんならんと言う事を申しましたね、前半にそして後半と私は、此の方金光大神あって、神が世に出たと、いう言葉を借りるならば、金光大神助けて呉れといえば、おかげを授けてやると、いわれるならば、之は皆様とは申しませんけれども。
私どもの子供達がです、親先生という前にスマちゃん、小母ちゃんというたら助かると、本当にこの小母ちゃんが居ったからこそ、お父さんの修行が出来たと思うたら、粗末に疎かに出来んと、これは子供達に申しますことです。そこでです、なら皆さんの場合もです、このお母さんあって今日この家がある、成程信心しよるという意味じゃないですよ、けどその、お母さんの、そのお父さんの信心の状態がです、私が妹の事を申しましたが、本当にこういう修行を。
しかも本当にまあいうならば、もうその事がね、もうにこにことして出来たことなのですよ、素晴らしい事ですよ。例えていうならどうでしょうか、私が家別れするときに、本家から何も貰わじゃった、この茶碗を幾つ貰うただけじゃったと、言う事をいうものですよね、これがね私共の家内が、少し気が行きまわるとか、気が利いとるならね、ほんに椛目には何も置いてなかったから、あれを持って行って下さい、これも持って行ってというでしょうけれども、さあそこがおかげ頂いとりますもんね。
昨日のご理解の様に、そういう人情を、私の家内は全然使いません、けどもそういう中に、もうあるもので、やって来たと言う事、4年間辛抱し抜いたということ、もうそれこそ、テレビなんかもあのまま、もうその代わり、額とか軸とか掛かったまま、もうそのまま、そして、参りましてすぐ思うた事、本当にこれだけ広い家を二人ながら勤めに出てから、これだけきちっとお掃除をするだけでも大変な事じゃろうと。
もうあの部屋は使わけん閉めきっとるというのでなくて。矢張りいつ誰が行ってちゃよかごと、どの部屋でも綺麗にお掃除がしてあると言う事、まあ私は本当に自分でも、馬鹿じゃなかじゃろうかと思うごと、妹のことをこういう風に申しますとおかしいですけれども。私は今日ご理解四節を頂いて、此の方金光大神あって、神が世に出たというところを頂くときに、本当に、此の方スマ代あって。
今日私があると言う事を、これを開くとたん、その事を実感致しました。そして此の方のためにそういう修行、努力をしているのですから、神様が成程、昨日あの様に、これはこの人の為に用意しておって下さったであろうかと、思われる様なものがですね、まあ云うならば御褒美というものが、この様にして下さる事が出来たと言う事は、成程此の方あってからの事だと、神様がお礼をいいよんなさる様な気がした。
私は、信心とはですね、頂き抜く事だといつも申します様に、もうこの位の給料をとる位になったとじゃから、もうこの位だから、この位は良かろうと言う様なですね、本当に神様に許されてという、ええ勿体無うして、勿体無うしてというても、しゃっちもっち下されにゃおかんという働きがあるまで、お互い辛抱し抜く位の信心が望ましいですね。
どうぞ。